明治通りに面した新宿文化ビルには、ふたつの映画館があります。
ひとつは古くからあるシネマート新宿。もうひとつは、kino cinéma新宿。
ここには別の映画館が入っていましたが、1年ほど前に新しく生まれ変わりました。
映画の街・新宿に、新たな風を吹き込むkino cinémaとは……。支配人にお話を伺いました。

「仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌」と8つの珠を持つ八犬士が活躍する姿を描いた江戸時代の名作といえば『南総里見八犬伝』。滝沢馬琴の代表作です。その馬琴と、現代では世界的絵師として知られる葛飾北斎の交流を描き、名著が生まれるまでの物語と馬琴の作品世界をシンクロさせた映画が『八犬伝』です。
出演は役所広司、内野聖陽、土屋太鳳、磯村勇斗、黒木華に寺島しのぶ……と、名だたる俳優陣が名を連ねているこの作品は、この年、注目された邦画のひとつといえるでしょう。じつは、この映画を企画・制作したのは、木下グループの映画会社でした。配給はキノフィルムズで、上映しているのがkino cinémaです。
kino cinéma新宿
2023年9月にオープンした新劇場。294席のシアター1、53席のシアター2とふたつのスクリーンを持つ。kino cinémaの主要映画館のひとつでもあり、kino filmsが配給するミニシアター系の上映で固定ファンも多い。kino cinémaメンバーシップになれば火曜日と木曜日は、会員限定の割引DAYに。
〒160-0022 新宿区新宿3-13-3 新宿文化ビル4・5階
https://kinocinema.jp/shinjuku/

「もちろん、全国上映されていますので、kino cinémaだけでの作品ではありません。ただ、木下グループがかなり力を入れてつくった作品であることはまちがいありません」と語ってくれたのは、大野 匠さんです。大野さんはkino cinéma新宿がオープンするにあたって支配人に抜擢された人で、kino cinéma横浜みなとみらいでも支配人を務めていました。
大野さんが所属する木下グループは、介護や保育、スポーツ部門のほか、工務店など幅広く展開している母体の大きな企業です。なかでも、文化的な事業にもかなり注力していて、たとえばルーブル美術館の補修業務だったり、卓球の日本代表チームやあのロサンゼルス・ドジャースへの出資サポートなども大々的に行なっています。
「会社の風土として、文化的なものを大切にしようという気概はあります。映画事業もその一環ですよね。そういった中で立ち上がったのがkino cinémaです。もともと、キノフィルムズなどの配給会社はあったのですが、今度はお客様にいちばん近い映画館をつくろうということになりました」
kino cinéma新宿
支配人 ・ 大野 匠
kino cinéma新宿・支配人。木下グループの映画部門、kino cinémaに中途入社して約2年。 kino cinéma横浜みなとみらいの支配人から移動して、新宿の支配人に。「せっかく新宿三丁目に来たので、寄席も楽しんでみたい!」と語ってくれました。

kino cinémaの1号店は横浜のみなとみらい店。続いて立川、福岡の天神、神戸と次々とオープンしていきます。新宿はその5店舗目。さらに、大阪の心斎橋にもこの12月に新劇場が誕生しています。
「神戸もそうなのですが、この新宿も以前はちがう企業が劇場を運営していました。そこを居抜きというわけではないのですが、引き継いで新たに生まれた映画館です。いまなぜ映画館なのか、その点は疑問に思うかもしれませんが、たとえば、以前のここの劇場にも通ってくれている映画ファンの方がいたはずです。劇場に足を運んで通ってくれるのですから、コアなファンですよね。そういった人たちの映画への思いをなくしてしまいたくないという部分は強いあります。このあたりが映画館にこだわる理由でしょうか」
とはいえ、いまや映画は手元で見る時代。さまざまな配信がされる時代に敢えてリアルを追求していく、しかも次々と劇場をオープンしていく「攻め」の姿勢はどこから生まれてくるのでしょうか。もう少し詳しく聞いてみました。
「映画をどうやって観るのかという話ですよね。本当にいろいろなスタンスをとる人がいます。人ぞれぞれです。配信もたくさん見るし、劇場に頻繁に足を運ぶ人もいます。逆に配信にはまったく興味がなく、映画は劇場で観ることこそ意味があると思っている人もいますよね。またはテレビや配信で見たものを、劇場でも観る人も。それはなぜか。やっぱり、劇場で観ることによって劇場でしかわからないこと、たとえば、音のよさだったり、画面の大きさだったり、臨場感だったりが味わえるからだと思います。
とくに音については、いい音源で小さい音から大きい音までハッキリと聞いてわかる部分というのがあるはずです。これは、配信で耳元で聞く音では伝わらない。劇場でしか味わえません。没入感がちがうとでもいいますか。ここが映画ファンの心情なのかなとも考えますね。この時代だからこそ、リアルが大切なのかなと」
kino cinémaはまだ映画館としては、長い時間を過ごしているわけではありません。それでもこの劇場をめざして来てくれる人がいるのは、なぜでしょう。もうすでにファンを獲得している!? または、大きな工夫などがあるのでしょうか。
「映画ファンは本当に小さな情報をたぐってやって来ます。本当にそうなんです。たとえば、大型のシネコンではなく、ミニシアターのファンという人たちもいます。または、kino cinémaでやっているから来てくれるのか、それとも映画のタイトルでやってくるのか。これも半々ですね。より長いスパンでやっているような劇場であれば、そこのファンもついていて、その劇場でやるから映画を観にくるという人がいます。うちが大切にしたいのもこのポイントで、映画のタイトルをたぐって来てくれる人が、ここの劇場に出会ってくれてファンになってくれればと思っています。そういった意味では、まだまだこれからですね」

新宿文化ビルの1階エントランスには、上映作品の情報を張り出した掲示板が。ここで、見たい映画があれば、ふらりと立ち寄れるのもこの映画館の魅力。館内には、ポパイとオリーブが描かれたトイレもある。映画館の特別感もあり、気分もあがる。
ここkino cinémaの上の階にも劇場がありますが、映画館の差別化はどんなところから生まれるのでしょうか?
「劇場のイメージですかね。うちの場合は、イメージカラーというのを決めていて、白と青でコンセプトをつくっています。少し明るめといいますか、落ち着いた雰囲気づくりですね。もっとダークなイメージを追求する劇場もありますし、これは劇場ごとにまったくちがったものとなっていますよね。
それとやはり、映画館の色は上映作品で決まると思います。うちの場合は本社の編成部で上映のライナップを決定していて、それをもとに各映画館でタイムテーブルを決めていきます。ただ、すべての映画館で同じではないんです。やはり、新宿には新宿の色が必要で、それは来ていただける客層のちがいでもありますよね。年齢層が高い人が多ければ大人向けの内容に寄りますし、裕福な人が多ければ、たとえばヨーロッパの映画祭を受賞した作品などを選びます。編成部自体も幅広く作品を選びますし、劇場から作品を打診することもあります」
興味深い話です。その新宿の色とはどんな色なのでしょうか。また、新宿三丁目とは映画にとってはどんな街なのでしょう。
「3丁目は多彩です。観光客も多いですし、ビジネスの人も多い。また学生などの若い人もたくさんいます。映画は大衆文化ですので、自然とここにやって来る人たちの色が現れてきます。生活の一部ですよね。いや、生活の一部になって欲しいが正解かな。
この街には末広亭もあります。寄席と映画はちがうものですが、どちらも芸能の一部。趣味の部分では共通しているところもあるのかなと思っています。そういった趣味の人たちが集まる場所ですよね、ここは」
映画という枠組みからその地域の色を考えるとは、とてもおもしろい。その色に染まる意味もあるのでしょうか、大野さんは、もっともっと地元にも貢献できるような展開を考えたいとも言っていました。趣味で集う人が多いこの街なら、kino cinémaにもその役割は果たせるはずであると。
「話題作はもちろんですが、大人でも楽しめるアニメだったり、夜の時間帯はより大衆っぽい作品だったりと幅広く上映作品を選んでいるので、この街にやって来る人たちにも必ずやどこかに引っ掛かるモノがあるはずですから。そうやって、三丁目を盛り上げていければと思っています」